夢だけを書く(書けなかった)

現実は、出会いもなく、出会おうとしてもおらず、33歳で、恋愛におけるスペックが低すぎるが、そんなことはすべて忘れて、願望だけを書きたい。正確に言うと、プレゼントされたいものである。

 

CHANELの赤リップ

山田詠美の小説が大好きな身としては憧れますよね。いや、女性でCHANELの赤リップに魅力を覚える人は結構いるのかな。

CHANEL自体が好きというわけではなく、CHANELの赤リップが欲しいんですよ。サプライズでもらったら結婚すると思う。

 

HERMESバーキン

相手が石油王だったら。

ハイブランドのバッグで唯一憧れるもの。でも、コットンのしか欲しくない。

自分で買おうと思ったけど、バーキンに似合う女性になれる気がしない。

ちなみに私はJANE BARKINが大好きです。ゲンズブールはどこにいるのやら。やせたけどBARKINにはなれやしない。

 

・下着かもしくは香水

服ではダメなんだ。肌に近いものがいい。まず、私のカップサイズを覚えていてくれたらそれでいい。

香水は好きだけど、自分に似合う香りがよくわからないので、「これはあなたに似合うと思った」って言ってプレゼントされたら嬉しい。

ただ、メジャーな香水は使わないと思う(性格が悪いのはわかっている)

 

現実に戻ろう。 

男性の性欲が高級ブランドをプレゼントしたり、高級レストランに連れていくというのは納得しない。いずれは性欲に結びつくとしても、「相手の喜んでいる顔が見たい」からプレゼントする人もいるのではないだろうか。いや、いてくれないと困る。

私がいちばんびっくりしたのは、YSLのリップを彼女にプレゼントした男子高生がいたことだ。どこをどうやり直したらそのような幸運に恵まれるのか、考えたくもない(おそらくそれは宇宙の話だ)。どう考えても、これから先YSLのリップをくれるような男性には会えないだろう(ちなみにYSLのリップは持っているので、特に欲しいものに入れなかった)

でも、よく考えたら彼氏にプレゼントされている女の子なんて結構見てきた。彼女達は皆美意識が高かった。当然、投資している金額も大きい。一時期、そこの観点から考えると、私はマイナスの人生だなと思って死にたくなったことがある。私は毎月美容院に行って、数ヶ月に1回は10万円くらい服を買って、恋人への食事代もホテル代も出していたのだ。ちなみに恋人は激務のため性的不能であり、セックスをしたことはない。しかも、このようなことはなかったことにされているようで、ずっとtwitterで悪口を書かれている。

うん、決めた。やっぱり恋愛は損しかしないからしても無駄だ。時間とお金が消えて、傷ついてネタしか出来ない。同じお金を使うなら、ソシャゲに課金をしたほうがよほどマシというものである。

本音を言えば、「毎日仕事を頑張ってるからご褒美だよ」と言って何かもらいたいところだが、休みがないことを知人男性にこぼしたところ、「俺だって働いている」と言われて終わりであった。何か願望があって、異性に近づくともれなく傷つくように出来ている。呪われているのかもしれない。

…世の男性の皆さん、疲れている女性にはもう少し優しくしてあげてくださいね。何かくれなくてもいいから。

ドトールを初対面の場所に使うな、その果てに結婚したとして(牛乳石鹸のwebCMについて)

昨日、twitter牛乳石鹸のCMに関するツイートを見て、それから少し検索して、いざCMを見たら、うーんとなった。私は牛乳石鹸を買う主婦層に近いが、新井浩文が可哀想だな…という印象しか受けなかった。

まず、子供の年がよくわからないけど、「父親も誕生日を祝わなければならない」となっているのが不思議だ。もし、「子供の誕生日は両親が祝うもの」となっているのだとしたら、よほど私の家は普通ではなかったのだなぁと思う。それが悲しいとか、辛いとか思ったこともあまりない。

男尊女卑な三世帯家族で育った私にとって、男性とは「ストレスに弱い生き物なのに、働かなければならず、プライドも高いので傷つけていけない、扱いの難しいもの」でしなかった。女の仕事は家事をし、その男性を支えることである。父親は子育てには参加しない。

だが、子供に優しい父親もたくさん見ているし、子育てに積極的な父親も多い。

休みの日にショッピングモールに行ったら、幼稚園か保育園に通うくらいの年齢の女の子が、お父さんにTHE BODY SHOPのボディバターを買ってもらっていて驚いた。お父さん、といってもまだ20代だと思うけど、彼は娘の肌の乾燥を可哀想に思ったのかもしれない。良い香りで肌がしっとりすることは、子供にとって幸せなことだろうし、良い思い出になると思う。出来たらなってほしい。

話を元に戻そう。家事にも子育てにも参加しなければならない新井浩文。思っていることも口に出せず、そのもやもやをお風呂場で、牛乳石鹸で洗い流すしかない。洗い流したところで全然解決されてない、と言っていた人がいたけど、大抵の物事は解決されないし、洗って誤魔化すしかないような気がしている。これは極端な例かもしれないが、いくらでも問題のある家族はいると思うのである。話し合いとか会話というのは、お互いする気がないと出来ないのだ。新井浩文が「昔のお父さんは良かった」と妻に言ったところで、妻がその本意を理解するとは思えない。妻も不満はあるだろうが、新井浩文がそれを理解できるかもわからない。問題はあっても、なんとなく続くのが家族のような気がしている。

 

お盆休みの時期だから、というわけでもないが、コンビニで待ち合わせをして車に乗り込む女性を見た。コンビニで待ち合わせをする、というのは不自然に見える。カップルなら相手の家に迎えに行くと思うからだ。わからないけど。

この不自然なパターンとして、「ドトールにいるぎこちない男女」の例が挙げられる。おそらくマッチングアプリとか、婚活サイトでやりとりしていて、初めて会うのだろう。男性も女性も異性に慣れていない感じで、会話が非常にぎこちない。

さて、30代で結婚を控えている男女がデートする場合、サイゼリヤはなしというツイートが話題になった。私はドトールもなしだと思うね。

もちろん、初対面が食事ではなくお茶のほうがいいという人もいるだろうが、お茶だったらおしゃれなカフェとか、カフェが気取りすぎなら喫茶店のほうがいいと思う。ドトールは好きだけど、単価が安いのと、仕切りがないのが問題である。私もドトールで初対面の男性とお茶をしたことがあるが、ものすごく周囲の人が気になった。彼は会話に夢中で、私が上の空であることなんて気付いてもいない。いや、男性で私が上の空であることに気づいた人なんていなかった…

 

ドトールで出会って、うまくいって、仕事が大変でも、家事は手伝わなくてはならず、子供の誕生日を祝わないといけない。彼女の誕生日を祝うこともしなそうな男性が、子供の誕生日を祝うことはしない気がするが、そんな男性は結婚しないかもしれないね。

 

世の中に恋愛したい男女はいて、結婚したい女性はいるけど、結婚したい男性がいるのか、いざ結婚して、その生活を楽しんでる人がいるのか、疑問に思うことがある。

結婚が馴染んでいる人はいる。それは彼らに適性があったからだと思う。

最後に、牛乳石鹸は、手頃な値段で購入でき、動物実験をしていない会社なので、これからも製品は買うと思います(ここのミルククレンジングを愛用している)。まぁ、ルミネのCMは心底腹が立ったけど、これは他人事すぎてイメージしづらい部分もあった、というのが本音です。

知識で通用しねーから

やらかした。

私は悩みを人に言うのが子供の頃から好きじゃない。本当に信頼している人じゃないとダメなのだ。

それをわかってから、人に言わなくなったはずなのに、うっかり、それを深夜に言ってしまった。最悪である。後味がとても悪い。

 

頭が良い人が好きだと思っていたけど、それは「持っている知識、ないしは感性などを生かして問題を解決できる人」が好きなんだと思った。現実は、「知識はあるけどそれを役立てられない人」ばかりだ。そして彼らは頭でっかちである。

人が大変なのに、「違う道がある」とか、「人は奴隷になりたがるとフランスの学者が言ってた」とか、挙げ句の果てに「俺だって大変だよ」なんて言葉は聞きたくなかった。最後の言葉は、私が結婚したくないと思った言葉のひとつじゃん。

「病めるときもすこやかなるときも」愛せる人なんていないんだ。いや、病んでばかりいる人間は結婚できないのだ。病み方にもよるけど。

でも、良かった。私が愛した美しい18歳の男の子は、もうただの大人になったんだ。解放された。私は誰も愛していない。過去の人間を愛してもなんの意味もないから。

さようなら。

 

 

詩人や作家と結婚できない現実は美しくないから、私は一生独身でいい

この前、仕事の合間に帝一の國と、東京タラレバ娘を漫画喫茶で読んだ。地方に住んでいる33歳からすると、東京タラレバ娘は意外とリアリティーがない。何より、巻末の悩み相談なんて、私の生活からかけ離れている。これは私に結婚願望がなさすぎるせいなのだと思う。25歳くらいのときは結婚したかったし、当時付き合っていた相手にも結婚したいと言った。鬱で休学中の医学生に結婚したいと言う私はどうかしていた。その相手と別れて、付き合った相手は結婚する気はないが、それでもいいかと言っていた。自分の生活と結婚がかけ離れていたため、相手にそれを言われても違和感しかなかったのを覚えている。

結婚するとめんどくさい女同士の付き合いが断れると言うが、そもそもめんどくさい女同士の付き合いはない。めんどくさい人々とは縁は切れるか薄くなり、たまに誘われても会うことすらしない。私は「仕事で都合がつかないから」という台詞が使える(拘束時間は短いが、休みはなかったりするので)。

独身でいても既婚者子持ちに見られるくらいだから、そこまで身綺麗でもないんだと思う。これは、20代前半の頃からなのだ。高校生のときは私服だと社会人に間違えられ、気付いたら既婚者っぽく見られ、子持ちに見られるようになっていた。

確かに、40代で独身で、年よりずっと若く見られる人は羨ましいな、と思う。彼女たちに生活臭はないから。でも、結婚していても子供がいても、若くて綺麗な人はたくさんいるので、その人次第なのだと思う。美醜関係なく、目鼻立ち、雰囲気、体型にもよるし。落ち着いた感じの美人で既婚者オーラが漂う人もいると思う。

 

東京タラレバ娘を読んだ後のせいなのか、帝一の國の「将来を考えない恋愛は不純異性交遊となる」という台詞が頭から離れなかった。それならば私は不純異性交遊しかしたことがない。そして、将来を考えるって、セックスで子供を授かったら責任を取る、ということでいいと思う。しかしその覚悟をしてセックスをする人は多くないだろう。

「この先ずっと一緒にいたい人」がいない。だから私は誰とも付き合いたくないのだ。いや、でも自分に自信はないので、付き合ってくれと言われたら承諾するだろう。

ちなみに帝一の國でいちばん好きなのは京田一郎です。でも、結婚したいのは弾くんです。女なんてそんなものなんです。

視野が狭いということ、危機感を感じないということ

YouTubeのコメントを見るのが嫌いである。

聴いてもいないのに、批判するのは良くないな、と思って、欅坂46の「月曜日の朝、スカートを切られた」を聴いて、コメントを見て余計にそう思った。

「欅坂は最高。署名をしている人はやりすぎ」

「私も痴漢をされたけど、この曲には励まされた」

欅坂には欅坂の良さがあるが、それとこの曲を批判する人を否定することは少し違う気がする。この曲を作詞したのは秋元康だし、彼女たちはいわば「歌わされている」だけだからだ。何よりも、10代~20代前半のアイドルがこんなに持ち上げられることが、海外から見ても異常だし、海外とは言わず、そこに違和感を覚える人は多いのではないかと言うことである。

ネットで見る、若者と思われる声はびっくりするほど閉鎖的だ。彼らなりの正義やら道徳があるらしく、そこに踏み込む余地がない。顔の見えない相手の本意なんてわからないし、わざわざ直接批判するわけにもいかない。お互いきく態度がなければ、話は成り立たないからである。

アニメもアイドルも素晴らしいが、それが絶対に「正しい」わけじゃない。

自分が良いと思っても、人がどう思うかはわからないし、決められることじゃない。 

何よりも、いろんな人といろんな意見を交わすのがネットの本質であろうに、狭いコミュニティを作り上げているかのような感覚を受ける場所は、リアルよりも息苦しく感じた。

大人だけが結婚すればいいんじゃないですか

少子化とか、婚活とか、そういうものを見ては良い気分にならないんですけど、私が思ってるのはタイトル通りです。精神的に成熟してない人は結婚しなくていいし、結婚をしてもいいけど、子供は持たなくていいと思う。

 

33年間生きてきて、男性と関わることは少なかったと思うけど、尊敬できる男性に会ったことがない。これは悪い意味での引き寄せの法則で、男性に対して否定的なところから始まるからだと思う。どうも私は、気遣いが細やかであったり、知性を感じる言葉遣い、穏やかな物腰や雰囲気がある人に尊敬の念を抱くことがあり、そのような場面に遭遇することが少なかったのだ。いろんな男性がいる、と思いたくても、結構諦めている。

 

「女性の社会的地位が上がったのに、レベルが上の男性と結婚したい女性が多いから、未婚率は高い」と言うけれど、男性だって、自分よりレベルが高い女性の前では怯むのではないのか。私はレベルが高くないのだけれど、そういう経験がわりと多い。どうも無意識に、男性をバカにするようなしゃべり方をしているのだろうし、少し話すと「自分とは違う世界の人なんだな」と線引きをされる。性別で言えば、女性のほうが線引きをしない。されていても気付かないのかもしれないし、女性との話題は色々とあるから、話は続く。

きっと結婚とか恋愛って、相手と自分との違いを楽しめる人に適正があるのだ。私にはそれがないし、相手に理解されたいとどこかで思っている。正確に言えば、こちらは理解しようと努めるのに、向こうにはその気がないから腹が立つ。

 

誰かとの違いを認めあって、過ごすよりも、1人で自分の世界に浸っていたい。私はそう思うのである。そしてそんな自分は、おそらく子供なのだろう。

 

ちびまる子ちゃんとサブカル

ゆるい在宅オタとしては、AKB総選挙について書いたほうがいいのだが、りりぽんを結構推してた身としては、なんとも言えないので落ち着くまで書けない。おめでとう、おぎゆか。ちなみに私は森保まどかに入れたよ。おぎゆかに入れようか迷ってたら、速報1位だったから入れなかったよ。

 

twitterでやたらと花輪くん×ちびまる子ちゃんのノマカプ漫画が回ってくる。夢女子なので、ノマカプもわりと好きだけど、ちびまる子ちゃんて、昔のりぼんの漫画としては異端だったよなぁと思う。

勝手な偏見だけど、りぼんを読んでた人は華やかな感じで、なかよしを読んでた人は大人しめ、文化系、そのまま創作に行った人、という印象がある。りぼんとなかよしを両方買ってた人もいると思うので、一概には言えないんだけど。りぼんはラブストーリーが多いという印象が強かった。私はなかよしを買って読むことが多く、カードキャプターさくらより、魔法騎士レイアースが好きだった。魔法騎士レイアースを学校に持っていったら、男子が怖いと言っていたのが忘れられない。

セーラームーンを読んで惑星のことを調べるような変な子供だったので、仕方がなかったのかもしれない。小学校高学年では、オカルトにハマりだした。モテる要素0である(しかし、一緒にピチレモンを買って読み、モテる仕草を研究し、唇をパックしたりしていた。可哀想な小学生だ)

そんな中、りぼんのちびまる子ちゃんだけは好きだった。その後コジコジを見たり、永沢くんを読んだりするのだが、ちびまる子ちゃんには不思議な安心感と、少女漫画っぽくない空気があった。それから数年経ち、友人の家で丸尾末広ねこぢるを読むようになり、丸尾くんの名前は丸尾末広から取ったのだと知った。それ以上に、花輪くんが花輪和一から取ったことがびっくりだったけど。

サブカルはサブカルでも、私が思い浮かべるのはおしゃれサブカルではない。古本の匂いと、古着の匂いとお香の匂いが混ざりあった、昔のサブカルである。高校生まで友達はいない、みたいな。美大に入って友達ができたり、東京に出てきて友達ができる、それまでは自分の趣味の世界に浸ってる、そんな感じである。

でも私はオタクにもサブカルにもなれない。なんのカテゴライズも出来ぬまま、32の初夏はじっとりと過ぎていく。