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なんで勉強しなきゃいけないの? と訊かれたら

勉強すると何の役に立つの? と思っている人は多いと思う。仮に勉強を頑張り、進学校、有名大学へと進学し、それで就職できるという保証もなく、就職した先でうまくいくとも限らない。算数ができて、漢字が書ければある程度どうにかなるし、算数だって出来なくても電卓がある。

でも、私は役に立つとか立たないとかで勉強したことはないので、よくわからない。中学生のときに限って言えば、勉強、正確には国語、英語、社会を勉強すること、本を読んで知識を得たり、現実逃避をしたりするのは、好きだからやっていただけなのだ。

 

本、というか、言葉に興味を持つようになったのは6、7歳のときで、世界に興味を持ったのもその頃。言葉に興味を持ったきっかけは覚えていないが、世界に興味を持ったのは、キョンシーや、不思議なナイルなトトメスの影響だと思う。エジプトって面白い国だなぁと思って、学校の図書室で本を借りた。言葉に関しては、とにかく意味が知りたかったので、親に尋ねるようになり、見かねた親が辞書を買ってきて渡された。あまりに本ばかり読むので、ほとんど本は買ってもらった記憶はない。友達の家でかくれんぼしていても本を読むので怒られ、時間があれば図書室にずっといた。

住んでいる場所が、大嫌いだった。小学校の人数は少なく、小さな町。そこには豊かな緑があふれていて、植物図鑑を見ながら花の名前をひたすら覚えた。どうやら当時の私は、「花博士」と言われていたらしい。アスペルガーの場合、子供の頃「博士」と呼ばれていた確率が高いらしいが、子供の頃の特徴だけ見ればまさしくそれである。人ともまともにコミュニケーションを取らなかったし。ただ、当事者からそのようには見えないと言われたので、たまたま該当しただけだろう。

知りたいことはいくらでもあり、本を読めばそれがどんどん広がる。親の手を借りて車を運転してもらわなければ、自転車にも乗れない私は、遠くへ行けない。でも、本があれば、遠くへ行っているような気分になれた。

ある日私は、ホロコーストに興味を持った。宗教に興味があったのもあるが、なぜユダヤ人が迫害されたのか、不思議で仕方がなかった。それから、迫害される人、差別される人、マイノリティへと興味が移っていく。

友達のいない私は、少なくともマジョリティデはなかっただろう。そんな自分をどこかで肯定したかったのだと思う。誰も、肯定してくれなかったから。

歴史にも興味を持ち、学習漫画を読み漁った。歴史の勉強は、はっきり言ってここで6割したようなものである。

 

中学校へ入って、だんだん自分のことを肯定してくれる人たちには会えるようになった。アメフトをしていたという、通っていた塾のアメリカ人の先生は、私を可愛がってくれていた。といっても、私たちは基本的に英語でしか会話をしていないので、よくわからないこともあった。

いちばん謎だったのは、授業で行きたい高校を訊かれ答えた後に、「なぜ○○高校にチャレンジしない?!」と激しく訊かれたことである。腕を引っ張られて裏で訊かれたので、私は大層戸惑った。○○高校は、県でもトップクラスの進学校。私は国語と社会だけなら受かりそうだったが、英語はせいぜい中の上で、数学と理科に関して言えば、常に模試の結果は最下位か、下から2番目。私は数式、グラフ、化学式などを目の前にすると、嘘みたいに頭が働かなくなるのである。表もあまり好きではない。そのような理由で、地理も苦手だった。つまり、逆立ちしても○○高校に受かることはないのである。行きたいとも思えなかった。自分は勉強が好きなだけで、頭が良いわけではないのだ。進学校なんて行ったら、劣等感で潰れてしまうし、そもそも数学と理科に絶対についていけるわけがない。

私は、おどおどと「行きたいけれど学力が足りない」と言った。そうすると先生は、「あそこは英語はしっかりしているから」と私の志望先の高校に関して言った。違います! 英語がしっかりしているのは、たぶん英語科で、私が志望しているのは、普通科なんです! ごめんなさい!

英語の成績が良くないのに、なぜ先生が可愛がってくれたのかはわからない。ただ、私は意欲だけはあった。英語を話せるようななりたかったし、出来たら他の言語も学んでみたかった。もちろん、海外にも行ってみたかった。行けると思っていた。

アメリカ人の先生は、思い込みの強い人で、塾長が「あの子は数学とか理科は全然出来ないんだよ」と言っても、信じてくれなかったそうである。ちなみにその先生、マサチューセッツ工科大を出たそうだ。天才はやっぱり変なのかもしれない。天才というか、インテリに勘違いされる人生は、おそらくこの辺から始まっている。

 

海外に行ってないから、英語を話す機会は、お客様が外国人のときくらいだった。それでも、咄嗟に話しかけられて、返せないのは悔しい。お客様が親切なこともあり、私が看板を仕舞おうとしたら手伝ってくれたり、商品を袋に入れるのにモタモタしてたら、フォローされたこともあった。国にもよるだろうが、私はもしかして幼い子供にでも見られているのだろうか。もしくはレディファーストなのだろうか。日本人の中では老け顔の私だが、外国人から見ると日本人は幼く見えることもあるらしく、わからない。

海外に行けない私は、せめていろんな国の料理を食べたいと思っている。そして、国への興味も尽きない。世界史はもう1度やり直したいなぁと思っている。ちなみに、教科書に載ってないことを答えるので、よく塾で男子に引かれていた。すべては漫画のおかげである。しかし、ピンポイントに歴史について、わかりやすく書かれた本を探すのはなかなか難しい。ルーマニアの政治について書かれた本と、フン族についての本が読みたいのだが、なかなか見つからないでいる。ちなみにWikipediaフン族を調べると、さらに謎が深まってしまった。

結局何が言いたいのやらわからなくなってしまったけど、地理や歴史や外国語を知れば、世界が広がるよ、と教えてあげたい。そんな私は大嫌いな理科を仕事のためにやらなければいけない。化学式が好きな方、どこが面白いのか教えてくださいませんか?

 

男女別学のその後

私の地元は女子校・男子校が非常に多い、らしい。私自身もかつては女子校だった高校と短大を出た。少子化の煽りを受け、共学になってしまったが。

元女子短大を選んだのは、もはやそこしか選択肢がなかったからで、高校はどうしても女子校へ行きたかった。思春期の男子が嫌いだったのだ。今も男性と接するのは得意なほうではない。

地元にある男女別学の高校は、進学校ばかりで、実績を残しているから、おそらく共学にはならないだろう。しかし、考えてみてほしい。15で同性しかいない環境に入り、そのままずっと同性の多い大学や職場へ行き、ポンと「そろそろ適齢期だから婚活してください」と言われて、果たしてスムーズに出来るだろうか?

別にすべての人が結婚するべきだとは思わない。恋愛も結婚も、したい人だけがしたらいい。けれどこれだけ婚活だの少子高齢化だの、若者は恋愛しないだのと言われているのである。ずっと異性と接してこなかった、もしくは接する機会が少ないということは、何かしら問題を起こしかねないとも言えないのでは? と思ってしまうのだ。

私の周りには、男子校→男子の多い大学→男性だらけの会社、で過ごした人が多かったが、彼らが抱えているストレスとか、飢えとか、そういうものを見ているのが怖かった。おまけに頭の中が男子高校生、もしくは男子大学生くらいで止まっているから質が悪い。将来を考える人となると、子供っぽい人とはあまり付き合いたくないわけで、彼らを魅力的に感じることが、私は出来なかった。

進学校の女子校を出た親しい友人が結婚しているか否かははっきりしないので、なんとも言えない。ただ、少子高齢化、という観点だけで見るならば、男女別学は問題だなぁと思う。

現代のサブカルってなんですか?

YouTubeでAKBの動画を見ていたら、おすすめ動画に、挫・人間の「下川最強伝説」のライブバージョンが紹介されていたので見ました。アベくんのベースを弾く指は相変わらず美しく、脱いでる夏目くんは想像していたよりセクシーで、何より下川くんが最高だった。なんなんだろうね、あのライブでなんか憑依してんじゃないの? 大丈夫? っていうエネルギー。好きすぎて冷めた目で見ようとしてしまう。圧倒的なサブカル王子、下川リヲ。

下川くんは台詞のところで「僕が君の幸せを願えないのは君のことを愛しているから」と言います。YouTubeのコメント欄にも反応がありましたが、これは素晴らしい台詞です。そして現代に生きる若者(主に25~30代前半)は同じような感情を抱いたことがあると思うんです。私はその人を愛しているとは言えないけれど(私は愛していたら、その人の幸せを願えると思っているので)、幸せになってほしくないとどこかで思ってしまう相手はいます。その人のSNSを見て、相変わらず変わってない様子に安心したりもするのです。

そのような現代の感覚を持ちながら、ひたすら挫・人間は泥臭さ、湿度の高い昭和っぽさを滲ませています。下川くんがガロ系の漫画を好きかわかりませんが、ガロの香りです。古本屋さんの匂いです。だから、挫・人間を聴くと安心します。

 

数年前、twitterでサブカル叩きが行われました。それと前後してか忘れましたが、キュウソネコカミは「サブカル女子」という歌を出しました。この系譜は、おそらく「モテキ」に繋がっていきます。私はサブカル人間とは言いがたいのですが、もやもやした気持ちでそれを見ていたのを覚えています。私のサブカルのイメージはガロであり、古着屋さんや古本屋であり、イカ天であり、ナゴム系であり、戸川純であり、オカルトです。街で言うなら高円寺。中野。ヴィレバンはもはやサブカルではない。ショッピングモールに入っているヴィレバンなんておかしいのです。しかし悲しいことに、そのショッピングモールに入っているヴィレバンのせいで、地元の独立店舗のヴィレバンは潰れました。

SUBWAYなんておしゃれすぎて行けないのです。美容院だって嫌いだから、こまめに切らなくては行けないボブになんてしません。私の中のサブカル女子というのはそういうイメージです。

 

ネットでもリアルでも、ラベリングもカテゴライズもマッピングも出来ない私を、不思議に思う人がたくさんいます。知らねぇよそんなの。SMとR-15のフランス映画と、フェミニズムの本を読んでいた私は、確かにごちゃごちゃだよ。今朝も、「同性に凌辱される女教師」のサンプル動画を見てたのですが、あまりに壮絶かつ不快感しか覚えないいじめだったので、途中で見るのをやめました。男性向けAVでも、少しは感情移入出来ないと面白くないのです。昔は凌辱ものが大好きだったのですが、最近はあまり見ません。しかし、あのAVで抜ける人がいると思うと怖いです。あの女優さん、精神的に病んだりしないのかな、ギャラは割りに合わないのでは、と心配してしまうほどでした。

私の場合、根底には学術らしきものがあり、その上にオカルトと音楽が乗ってるのだと思います。美容やファッションは、ちょっとそこから離れたところにあります。サブカルの定義はもはや曖昧すぎてわかりません。ただ、下川くんは確実にサブカル王子です。僕とジョルジュの「二月生まれ」での下川くんもとても素敵ですね。口元が特に可愛らしいです。あと、姫乃たまのスタイルというかヴィジュアル、大好きです。

とにかく挫・人間もっと売れろ、アーバンと対バンしてくれ、と願う日々です。

俳優のイメージ

あなたのことはそれほど」を見て、波瑠を嫌いになったという声があり、そのことに対して、波瑠がブログで冷静に対応したという記事を見た。
私は波瑠のことはよく知らないし、このドラマ自体も1回しか見ていないのだが、ドラマを見てその女優を嫌いになるって感覚はよくわからない。波瑠が演じている美都は不倫している女性で、悪役とかではない。というか、不快な気持ちを抱くなら見なければいいと思うのだが…
このことに関して言及したいことは2つある。俳優のイメージと、相変わらず続く世間の不倫への嫌悪感についてである。
私は栗山千明が好きだ。どれくらい好きかというと、ファン歴は20年くらいである。ただ、女優としての彼女よりは、モデルとしての彼女が好きである。キルビルバトル・ロワイアルも見ていない。
彼女は勝手にドSキャラにされているけど、なんとなくドSではないと思う。あれはネットのネタみたいなものなので、まぁいいけれど、やっぱり違和感は拭えない。
役のイメージがべったりついてしまっていると言えば、忍成修吾だろう。彼はあまりにも悪役が似合いすぎて、本当に悪い人ではないかと思ってしまう。トーク番組や、インタビューを見たことがないので、彼の性格は知らないけれど、それくらいはまっている。ちなみに私、忍成修吾が大好きだ。あの端正な顔だからこそ、悪役が映えるのだと思う。

さて、「あなたのことはそれほど」では、東出昌大も癖のあるキャラクターを演じている。これがまた秀逸というか、知人とも話していたのだが、この役を東出昌大がやっているからこそいいのだと思う。東出昌大がこういうことをするとは思えないし、リアリティーがまるでないのである。東出くんは、デザートを捨てたりしない。だけど、確かにドラマというフィクションにおいて、この役はきちんと成り立っている。
波瑠は役というより、イライラする女を素のように演じているので、ここまで話題になってしまうのだと思う。ここまで演じられる、というのが彼女の演技力の高さであるし、透明感とか清楚だけで片付けるのも面白くないし、いろんな役を演じられるのが女優として素晴らしいことだと思うのだが…

さて、このドラマで私がいちばん腹が立つのは、有島光軌である。どっかで見たことあるイケメンだなぁと思ったら、演じているのは劇団EXILEの知らない人だった。誰かに似てるよね。
この、小さい子供がいる父親が不倫、てあまりによくある話で、しかも奥さんにも愛想よくしているわけで、気分が悪いことこの上ない。世の女性は不倫をしている女性を叩くが、私は不倫をする男性のほうが嫌である。特に、小さな子供がいるのに不倫というのはいちばん嫌だ。
すべての女性が該当するわけではないが、女の人は子供を産んだら母親になる。しかし、男性はそうじゃない。自分のお腹を痛めて産んだわけではないので、父親という実感がない人も少なくないと思う。子供を産んだら妻ではなく母親になってしまったから、魅力を感じないという話もあるくらいだ。おそらく、世の中には父親に向いてる人と向いてない人がいて、不倫をする男性は父親に向いていないんだと思う。そしてどうも、私はこのテの男性が生理的に嫌いなのである。

あなたのことはそれほどは面白いのでおそらくこれからも見るが、世間の評価って謎だなぁと思った。最低な役は仕事だからしているのであって、女優さん本人を嫌うというのは、理解できそうもない。

誰からも理解されない失恋

ホイッスル! という漫画の不破大地というキャラが好きで好きで好きで、二次創作をしていたし、ずっと彼が出てくる二次創作を読んでいた。
私はBLが得意じゃないので、読んでいたのも書いていたのもほとんどが夢小説だ。夢小説は、自分の名前を入れて、キャラクターと恋愛するというものである。
18歳の夏からずっと、私は不破と結婚することだけを夢見た。リアルの男性と関わっても、二次元には敵わない。それは最後の砦のようなものだった。 私はリアルの、三次元の男性との関わりに疲れていたのだ。
けれど今日、私は失恋した。ホイッスル! の続編には、不破の娘らしき女の子がいる。名前からして間違いない。この例えようもない喪失感。不破は結婚して、娘がいる。おかしいだろう。不破は1984年生まれで私と同い年だから、彼女が13歳だと仮定した場合、20歳のときの子供になる(彼女はおそらく中学生の設定だ。もしかしたら違うかもしれない)。いや、この際年齢などどうでもいい。不破は結婚して、子供がいる。それが事実なのである。
あの三白眼、硬そうな髪、セクシーな黒のタンクトップ姿、174cmという完璧な身長、人の自信を平気で壊すクラッシャーぶり、それでいて母性をくすぐる可愛さ。不破は必ず私と結婚して、家事の出来ない私に呆れて、手伝ってくれると信じていたのだ。そして一生かけて、私を考察してくれると。

もう、私の夢見た世界は実現しない。もう、私の夢見る相手はどこにもいない。そしてこの苦しみを理解できる人はいるかもわからない。リアルの男性とうまくいかなかったことなんか、どうでもいいよ。そんなのこの苦しみに比べたら、取るに足りないことだよ。
ねぇ、不破の夢小説を読んでいた人、私のHPに来てくれていた人、今、どうしていますか。もう、夢など見ていませんか。私はダメみたいです。あそこからずっとずっと、抜け出せなかったみたいです。
私は不破を愛せませんでした。愛していれば、この事実さえ受け入れることが出来たでしょう。私は不破に恋していたんです、ずっと。
恋をしないと死んでしまう私、これからずっと幽霊です。幽霊のまま、私は不破より早く33歳になります。

GWが嫌い

GWが嫌いである。
子供の頃、どこかへ出かけて楽しかった記憶もない。私が覚えているのは高校生の頃のGWで、初めて付き合った恋人からデートに誘われたのに、断って友達と遊びに行った。今はないお店でオムライスを食べて、カラオケへ行った。私はその恋人のことが全然好きじゃなくて、向こうもそうで、お互いの欲を満たすためだけに会っていた。別れる頃18歳になった2人は、そんなに割りきった関係だと思うことも出来なくて、それなりに私は傷ついたのだった。
短大のときは年中大型連休のようなもので、働くようになってからは、GWなんて関係なかった。ここ何年かは仕事が落ち着いていないため、GWを意識する。GWというか、連休についてである。
まず、カレンダー通りの休みの人は、連休に働いている人の気持ちを考えたことはないだろう。好きで働いている人もいるだろうから、一概には言えないが、ただでさえ休みが少ない接客業、サービス業の人の中には、辛い思いをしている人も少なくないと思う。忙しくてパニックになる人もいるだろうし。
私は元接客業なので、土日はコンビニには行かない。飲食店やスーパーは必要ならば行くが、極力行かないようにしている。お店や人が疲れているのを感じてしまうからだ。そうでないお店ならば行く。お店によって、平日はやる気がないところと、土日は活気があるところもあって、そういう場合は土日に行く。でも、平日に行く時間があるのだから、わざわざ土日には行かない。
また、あまり人の多さに左右されない人と出かけることにしている。敏感な人と行くと、疲れてしまうからである。

以前、何かの診断をしたとき、「あなたはGWに旅行に行くなんて考えないタイプです」と診断された。まったくその通りである。旅行になかなか行けないけれど、旅行に行くならGWからずれた時期に行きたい。連休だから出かけよう! というその考えがもう嫌なのである。いいじゃん、家でゲームしたり、ネットしたり、本を読んだり、溜まったDVDを消化したり、手の込んだ料理とか作ったり、寝たりすれば。私は溜まった家事と家でする仕事を片付けなければならない。それが嫌でこうしてブログを書いているわけである。義務を果たしたら、勉強をし、AKB48SHOWと豆腐プロレスを見て、本でも読む。ああ、動画も見なくては。

本当は人と会って話したい気分なのだが、今月のお給料を把握していないのと、たぶん、捕まりそうな友人と会って話すと落ち込むと思うので、連絡しないほうがいい。可愛いものと、夢にあふれた生活を送っているのに、結婚だの、婚活だの、仕事だの、そんな話をされたら疲れてしまう。仕事はまぁいいや。問題は結婚だの婚活である。
私はこの状態で婚活することは不可能である。したいか、したくないか、と言われたらしたくない。元来結婚願望がないわけで、ついでに恋愛にさえ興味がないので、もうそこからは離れていたいのである。やっと、その煩わしさから解放されたのだから。
しかし、まだ「結婚しないんですか」という現実は突きつけられるのだ。そんなこと、どうでもいいのに。人によってそのときすべきことは違うのに。
と、愚痴愚痴言ってたら余計落ち込んできたので、動きます。パワーストーンも浄化せねば。ホワイトセージはどこいった…

苦手な占い師の言葉に共感出来ることと、出来ないこと

勝手に解放された気分を味わっているが、現状がラクになっただけで、問題が解決されたわけではない。

昨日、美容院へ行って、雑誌の人気占い師のコラムを読んだ。私は彼の占い自体はさほど嫌いではないが、twitterは好きではないし、彼の考え方もあまり好きではない。ただ、納得のいく部分もある。
それは、アラサーにとって、「若く見えるね」は褒め言葉ではないからそれをわかって、という点だ。しかし私の周りの人々、若く見える自慢がすごい。私は年より上に見られてしまうので、ちょっと、いや、結構ひがんでいるところがある。
若く見える、というのは、他に褒め言葉がないから使われるものらしい。うーん、そうなのか。若く見える、というか、「その年には見られない」と言われることが多いらしい。確かに、アラサーの美人とかイケメンは、若くは見えないんだよな。年相応に見られる。雰囲気がまるで似てない、イケメンと言われる弟も、年相応には見られないと言っていた。今は知らないけど。
大人の女性は社会においては求められているかもしれないが、恋愛至上において求められているかはよくわからない。この占い師がいちばん言いたいことは、見た目ではなく、内面が子供であることが問題であるらしいのだが、それだと私は該当しているので何も言うことが出来ない。少女性を持っている女は痛いらしいのである。
私は魅力的な人間は、必ず少女性・少年性を宿していると思っている。それはいい意味である。
子供と接する仕事をしているから、子供の良さは日々実感している。彼らは小さなことに喜びや楽しさを見出だし、夢を見る。大人はそれを忘れている。忘れているというか出来ないのかもしれない。
さて、見た目が幼い彼らは、「自分をおじさんと認めたら負け」と言ったり、「心は童貞」アピールをしたり、「可愛い子と結婚したい」と言ったり、精神年齢が男子高校生だか、男子中学生から成長していない。真面目に社会生活を送り、結婚していても、旦那は自分の所有物のように思っていて、マイナス思考から脱しない人もいる。
精神年齢が幼い人は、自分や周りが望んでいても、結婚が遠いのだと思う。結婚は、他人と現実を歩んでいくものでしかなく、夢物語の続きではないのだから。
あー、私ですか? 老けてますけど、年相応の格好をしない日もありますし、元々子供らしくなかったので、10歳のときから変わってないですね。先日も結婚されないんですか? と言われて、「理想が高いんで」と笑いながら返しましたけど、その言葉を気にする程度には子供です。ただ、いかんせん年相応に見られないと言われることはないです。高校生の頃からないです。親しい人とはしゃぐ以外では落ち着いてますから。
結局何が言いたいかはわかんなくなっちゃったけど、「若く見える」と言われて喜ぶな、というかその記事を読め、と言いたいってことです。僻みといえばそれまで。