恋愛対象における優しい人

結婚するなら、長く付き合うなら、優しい人がいいに決まっています。しかし私はひねくれているので、「優しい人が好き」と言えませんし、今までの恋愛においては、私のほうが優しかったと思ってます。向こうがどう思ってるかは知らん。とにかく私は尽くしてしまうのです。尽くす自分に酔ってるんだと思いますが。
本来は、偏見や差別を出来るだけ持たず、穏やかで思慮深く、心が広い人がいいのですが、そんな人を好きになったことがねぇ。私が惹かれるのはもれなく性格が悪い人でした。その人たちと付き合えたかっつうと、違うんだけどね。
でね、おそらく男性は、結婚相手に明るいとか、よく笑ってくれるとか、家庭的とか、優しいを選ぶんだと思うんですよ。でもね、どの程度優しくしたらいいのかわからない。正確に言うと、私は優しいんじゃなくて、甘いだけとも言える。本当に優しい、というか、いいパートナーって、相手のやる気を上げられる人のような気がするんです。それに必要なのって、優しさだけではない気がする。私は相手を叱ったりできないんですね。
恋活アプリをやってたとき、優しそうって言われるのがすごく嫌でした。私はお付き合いをする上で、ワガママを言えたことがあんまりないので、それがまた許されないんだろうなって。実際、私が言うワガママもなかなかひどかったんだけどね。ついでにどんなワガママを言いたいのかもよくわからない。

前のブログにも登場させたことがあるのですが、私に優しい言葉をかけてくれた人がいまして。彼は、村上春樹が好きだったんですよ。だから、彼に言ったことがあるんです。「ノルウェーの森のミドリみたいになりたかった」って。そしたら、「それはどういうことですか? 普通の女の子になりたいということですか?」と返されたんだけど、私はミドリの願いをいいな、と思った節があったのです。よく覚えてないんだけど、ミドリは男の人にケーキを買ってきてもらって、これじゃない、これじゃないっていうのをひたすら繰り返したい、と言っていた気がする。でも、それをその人には言えなかった。
でも、私が欲しいのは本当にささやかなことです。お腹いっぱい食べていいよ、って言われるだけでもいい。私は食べることにすごく罪悪感があるし、太りたくないので、たくさん食べられないことがよくあるのです。まぁ、意識している男性の前でもりもり食べるのが実は無理、という事情もあるけど、食べるのって欲望だからすごく許されてる気がしますね。
それにしても、悪い女に振り回されていた昔の男性達は、今頃何をしているのでしょう。強い女性の尻に敷かれているのかもしれないね。